1980年代になると日本は高度経済成長の時代になり、東京を中心とした首都圏の人口は急激に増加し、都市交通網の整備が重要な懸案となっていました。営団地下鉄(東京メトロの前身)の、銀座線や丸ノ内線、日比谷線の輸送力は限界に達していました。
有楽町線は1968(昭和43)年4月の都市交通審議会答申第10号と1972(昭和47)年3月の答申第15号により、丸ノ内線の池袋方面の混雑の緩和や東京都西北部及び埼玉県西南部の輸送力増強、中央区・江東区のウォーターフロント地域の業務人口・居住人口増加に対処することを目的に設定されました。
工事は1970(昭和45)年8月、有楽町線の第1期工事区間となる池袋~明石町(新富町)間の土木工事に着手し、1974(昭和49)年10月、池袋~銀座一丁目10.2キロの区間を開業しました。そして、1988(昭和63)年6月8日、和光市~新木場間28.3キロ全線が開業しました。
有楽町線では、世界初となる直径10mの大断面泥水シールドによるトンネルの施工や、山陽新幹線用に開発製造された60kgレール、PTC(自動列車運行制御装置)、全駅に新しい旅客案内サインシステムが導入され、池袋、銀座一丁目の二駅では、将来の自動改札化を検討するため、試験的に自動改札機が設置されました。
本建設史はこのような有楽町線建設の目的から工事完成までの経緯を綴ったものです。
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